構造的課題と未来への処方箋
日本企業にとって IPO(新規株式公開)は長らく「成長企業の通過儀礼」であり、経営者の一つの到達点とされてきた。しかし近年、起業家たちの口からは、ある共通の言葉が漏れる─ 「日本でのIPOは世界と比べて難しすぎる」
この感覚は単なる愚痴ではない。実際、日本のIPO市場には構造的なハードルが存在し、世界の主要市場との明確なギャップが横たわっている。
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- “厳しさ”は制度の問題だけではない
日本のIPO審査は、内部統制、ガバナンス、財務管理、情報開示の厳密さなど、総合的な「企業としての完成度」を求める。
これ自体は健全である一方、スタートアップにとっては上場準備の段階で大企業並みの整備が必要となり、膨大な時間とコストがのしかかる。
特にグロース市場でも、赤字上場に対する投資家の目線は厳しく、「利益が出てから上場しなさい」という暗黙の空気が残る。
結果として、企業はリスクを取りにくくなり、成長投資よりも“安定”を優先する構造になりがちである。
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- 世界が評価するのは“未来”、日本が見るのは“現在”
対照的なのは米・ナスダックだ。ここでは「今は赤字でも、未来に巨大な利益を生むか」という成長ストーリーが最も重視される。
テック企業が研究開発と顧客獲得に資金を投じ、赤字を積み上げながら上場することは日常風景である。
欧州でも、サステナビリティ領域やディープテック企業への投資が活発で、未完成な企業でも成長余地があれば市場が受け止める文化が育っている。
一方、日本は依然として「現時点の財務が健全か」を重視する傾向が強く、
“未来へのベット”より“現在の安全性”を重んじる投資家文化が根深い。
この文化は、結果としてスタートアップの挑戦意欲を削ぎ、上場前に体力を使い果たす原因にもなる。
- 流動性の低さが生む“出口戦略の弱さ”
日本のIPO市場は、上場社数のわりに取引の流動性が低く、グロース市場は特に顕著である。
大口投資家の比率が少ないため、需給が不安定になりがちで、上場した瞬間に株価が大きく下落する企業も少なくない。
一方、ナスダックには世界中の資金が流入し、
• 機関投資家比率が高い
• セカンダリーの流動性が圧倒的
• 追加調達(Follow-on, ATM)もしやすい
という強固な資金循環がある。
日本では上場がゴールになりやすく、上場後の成長資金を得る「エコシステム」がまだ弱い。
- “ハードルの高さ”は日本経済の縮図でもある
実は日本のIPOの難しさは、単に制度や文化の問題ではなく、少子高齢化・投資家層の高齢化・リスク回避的な金融慣行・銀行依存など、日本経済全体の構造的特徴をそのまま反映している。
若い投資家が多い市場では、未来への投資マインドが自然と生まれる。
だが高齢化が進む日本では、資産防衛の意識が市場全体に強く働き、ハイリスク・ハイリターンが成立しにくい土壌となりやすい。
この点こそ、日本のIPO市場が世界と比べて成長企業を輩出しにくい最大の理由かもしれない。
- では、日本のIPO市場に未来はあるのか
悲観ばかりではない。日本市場には、
• 企業数・技術量が世界トップクラス
• 政府のスタートアップ育成戦略
• 成長可能性の高いディープテック、クリーンテックの台頭
• NISA拡大による個人投資家の裾野拡大
といったポジティブな兆しも多い。
もし日本が「現在重視型」の審査・投資文化から、
“未来を評価する市場”へとアップデートできれば、IPO難易度は大きく変わり、成長企業が次々と市場へ飛び込む流れが生まれるだろう。
IPOの役割は、企業を“完成させるための試験”ではなく、未来への挑戦権を企業に与える装置であるべきである。
その意識が市場全体に共有される時、日本のIPO市場は再び世界と肩を並べる存在になる。
【筆者】 編集部スペシャル
INVESTOR PRESS 編集部
資本家 / 政策プランナー / 官民連携スペシャリスト / データサイエンティスト など
