世界最大のサッカー大国ブラジルは、単なる「才能の供給地」にとどまらず、クラブ経営そのものが独自の進化を遂げてきた。近年は欧州資本やグローバルスポンサーの参入も進み、伝統的な「地域社会に根ざしたクラブ」と「グローバル市場に開かれたクラブ」の両面を併せ持つ経営モデルが形成されつつある。その戦術から日本のクラブ経営が学ぶべき点は少なくない。
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- 人材マネジメントと「育成=収益源」の確立
ブラジルのクラブ経営で最も際立つ特徴は、育成システムが単なる強化の手段ではなく、財務戦略の中核に位置づけられている点である。フラメンゴやサンパウロFCは下部組織への投資を積極的に行い、15~18歳の有望株を国内リーグでデビューさせ、その後ヨーロッパへ高額で移籍させる。これは欧州クラブの「即戦力補強」と対をなす「育成からの価値創造」モデルであり、選手の移籍金収入がクラブ財政を大きく支えている。
特に、選手の「経済的権利」を細分化して保有・売却する方式はブラジル独特であり、外部投資家やエージェントを巻き込む仕組みを発展させてきた。現在はFIFA規制によって制限もあるが、資金調達やリスク分散という観点では、スポーツ経営の高度な金融工学といえる。
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- サポーター文化と収益多角化
ブラジルのクラブは、観客動員数が勝敗に大きく左右される一方で、「サポーター会員制度(sócio-torcedor)」を広範囲に展開している。これはファンクラブを超えた「準オーナー制度」であり、会費がクラブ収益の安定的基盤となる。加えて、会員は投票権や優先購入権を持つため、単なる顧客から「意思決定に参加する支持者」へと昇華している。
また、スポンサーシップの在り方も特徴的だ。ブラジル国内では銀行や通信会社が主要スポンサーとなるが、近年はグローバル企業が「ラテンアメリカ市場開拓のハブ」としてクラブに投資する動きも強い。クラブは単に広告媒体ではなく、消費者コミュニティと直結した「マーケティングプラットフォーム」として機能している。
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- 財務再建と「SAFモデル」
長年、ブラジルのクラブは財務規律の緩さが課題とされてきた。多額の負債、税務問題、政治的介入などが経営の不透明性を招いた。しかし、2021年に導入された「SAF(Sociedade Anônima do Futebol)」制度は、その転換点となっている。これはクラブを株式会社形態に移行させ、外部投資家が資本参加できる枠組みであり、従来の市民クラブや非営利団体的な構造からの脱皮を促すものだ。
実際に、ボタフォゴやクルゼイロといった名門クラブは、SAFモデルを通じて海外投資家を迎え入れ、財務再建と戦力補強を同時に進めている。ここでは、「クラブの社会性」と「企業としての収益性」のバランスを取る新しい経営形態が試みられている。
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- 日本が学ぶべき示唆
日本のJリーグクラブにとって、ブラジルの事例は単なる「選手供給国」以上の意味を持つ。
• 育成を投資と捉える発想
アカデミーからプロ契約、さらに移籍益を見込むスキームを確立することで、クラブは自律的に資金を生み出せる。
• ファンを顧客から株主的存在へ
会員制度やクラブ債を活用し、サポーターを「資金の担い手」に変えることは、日本の地域密着型クラブにも応用可能。
• 外部資本との連携
SAFに近い仕組みを日本で導入することは法制度上の制約があるが、CVCや地域ファンドを通じて「クラブの成長資金」を引き込む発想は不可欠だ。
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ブラジルのプロサッカークラブ経営は、育成型ビジネスモデル、熱狂的サポーター基盤、そして新たな資本制度という三層構造で発展してきた。
そこには「チーム勝利が大前提であり、そしてクラブの持続可能性」を模索する姿がある。日本のクラブが真に地域と世界をつなぐ存在となるためには、このブラジル的したたかさと柔軟性を学ぶべきである。
【筆者】 編集部スペシャル
INVESTOR PRESS 編集部
資本家 / 政策プランナー / 官民連携スペシャリスト / データサイエンティスト など